ちっくしょー
学校に来てみたのはいいけどいつまで経っても誰もこない。
どうやら今日、卒論はなかったようだ……。
ふいに、大雪の中、必死に雪を掻き分けて登校したら小学校が休みだった記憶を思い出すよ。
あれは日曜日だったよ・・・。
悔しいから学校のパソコンから書き込みしてみた。
・・・・・・あ、なんか今、切ない思い出を思い出した。
実習の思い出。
そういえば実習の話はまったく書いていなかった。患者さん個人が特定される可能性があるため避けていたけれど、ひとつだけ、一番心に残っていることを書いてみる。
救命病棟での実習にも少しずつ慣れてきた頃、戦友の宇治と雪芳は二人、初療室(救急車がきたら真っ先に入る、ICUなどに回す前に治療するための、緊急の治療室みたいな場所)で緊急手術の見学をしていた。
すると突然、今まで聴いたことのない放送が聞こえてきた。
「コードブルー、コードブルー」
なんのことか分からず首をひねる二人。コードブルーというと、最近やっているドラマくらいしか聴いたことがない。ドラマのように「ドクターヘリでも来るのかしらん」と思っていると、手術の手を止め、殆どの医師、看護婦がさっと廊下へ飛び出した。
血相を変えた医師や看護婦が次々と廊下を渡っていく。
何か変だ、と思って廊下に出てみると、とある病室に大きな人垣が出来ていた。ICUを卒業してCCUに移された人のための大部屋だ。
急いで駆けつけると、六つのベットの並ぶ部屋の奥、窓際のベットで先ほどまで手術を行っていた医師が心臓マッサージを行っていた。心臓マッサージを行っているということは、既に心臓停止状態ということだ。
「なんであの人(患者さん)が・・・・・・」というか細い驚きがどこからか聞こえた。
確かに、何であの人がと自分も思った。なぜならその人は、一人で歩行してトイレに行けるほど元気だったのだ。ついさっきまで、歩いていた人だ。
心臓マッサージを行っていた医師が(かりに板垣先生としておこう)、担架が来たのを合図に初療室へと移る。患者さんが運ばれ、救急処置が続けられる。
ひたすら心臓マッサージ、人工呼吸、輸液投与、薬剤投与といった医療行為が行われる。
中でも心臓マッサージは体力勝負だ。安定した心臓マッサージを行っていると、一分もしないうちに汗が吹き出てくる。継続しているとクタクタになってしまう。心臓マッサージを行ってくれる機械は存在するが、装着するのに手間隙がかかる上、人道的に好まない医療従事者は多い。
だから、心臓マッサージは人がなんども交代して継続していくのだ。
「次は自分がやります」
疲れきった医師に変わるべく、声をかける。台に乗って、1,2,3という合図とともに交代する。胸骨を圧迫する。一分に百回のペースで。
しかし、患者さんの体は大きく、そして若かった。
自分は小さく、未熟だった。そして馬鹿だった。
心臓マッサージが上手くいかない。何度も何度も自分が出せる力の限りで押し、引いた。ずっとずっと練習してきた方法で。
だけど、医師のように出来ない。
焦りがこみあげてきた。
・・・・・・と。
「いまいちだ」
汗を拭った医師がすぐに手を伸ばした。自分はさっと離れた。医師による心臓マッサージが再開される。熟練による完璧な心臓マッサージだ。
治療が続けられ、やがて心臓が再び動き始めた。次々と目の前で高度な医療が展開される。当然ながら、実習生に出来ることはない。
メモを取り出し、治療の様子を書きまくった。泣かないように我慢した。
出来るはずのことも出来なかった。そのときのことを、自分はいまだに後悔している。
その後、心臓マッサージの練習を一人で何度もしたけれど、結局完璧な心臓マッサージは習得できないまま一ヶ月の実習は終わってしまった。心臓マッサージは自分の大きな課題になった。
誰かの役に立ちたいから知識をつけた。けれど技術がそれに追いつかないほど、悔しく恥ずかしいことはないと思う。特に医療は、そんなことが許される場所ではない。
たまに自分は、このまま医療従事者になっていいのだろうかと疑問に思うことがある。驚くほど無力だと時折感じるからだ。
だけど引き返せないとも思う。引き返すには進みすぎた。
うん、予想以上に暗い気分になってしまった……。いかん、いかんね。
小説家になろうには医療を学ぶ学生が意外と多いと知ったので、「こんな後悔はしないようにね」という意味合いもあって書いてみたのですが……。
普通はこんな後悔なんてしないかぁ。
患者さんについてですが、その後にICUに入りました。コードブルーになった原因はかけませんが、いまだに名前を思い出して、元気になられたか心配になります。
自分にとっては、患者さんやその家族がより良い状態になれることが希望のような気がします。
どうやら今日、卒論はなかったようだ……。
ふいに、大雪の中、必死に雪を掻き分けて登校したら小学校が休みだった記憶を思い出すよ。
あれは日曜日だったよ・・・。
悔しいから学校のパソコンから書き込みしてみた。
・・・・・・あ、なんか今、切ない思い出を思い出した。
実習の思い出。
そういえば実習の話はまったく書いていなかった。患者さん個人が特定される可能性があるため避けていたけれど、ひとつだけ、一番心に残っていることを書いてみる。
救命病棟での実習にも少しずつ慣れてきた頃、戦友の宇治と雪芳は二人、初療室(救急車がきたら真っ先に入る、ICUなどに回す前に治療するための、緊急の治療室みたいな場所)で緊急手術の見学をしていた。
すると突然、今まで聴いたことのない放送が聞こえてきた。
「コードブルー、コードブルー」
なんのことか分からず首をひねる二人。コードブルーというと、最近やっているドラマくらいしか聴いたことがない。ドラマのように「ドクターヘリでも来るのかしらん」と思っていると、手術の手を止め、殆どの医師、看護婦がさっと廊下へ飛び出した。
血相を変えた医師や看護婦が次々と廊下を渡っていく。
何か変だ、と思って廊下に出てみると、とある病室に大きな人垣が出来ていた。ICUを卒業してCCUに移された人のための大部屋だ。
急いで駆けつけると、六つのベットの並ぶ部屋の奥、窓際のベットで先ほどまで手術を行っていた医師が心臓マッサージを行っていた。心臓マッサージを行っているということは、既に心臓停止状態ということだ。
「なんであの人(患者さん)が・・・・・・」というか細い驚きがどこからか聞こえた。
確かに、何であの人がと自分も思った。なぜならその人は、一人で歩行してトイレに行けるほど元気だったのだ。ついさっきまで、歩いていた人だ。
心臓マッサージを行っていた医師が(かりに板垣先生としておこう)、担架が来たのを合図に初療室へと移る。患者さんが運ばれ、救急処置が続けられる。
ひたすら心臓マッサージ、人工呼吸、輸液投与、薬剤投与といった医療行為が行われる。
中でも心臓マッサージは体力勝負だ。安定した心臓マッサージを行っていると、一分もしないうちに汗が吹き出てくる。継続しているとクタクタになってしまう。心臓マッサージを行ってくれる機械は存在するが、装着するのに手間隙がかかる上、人道的に好まない医療従事者は多い。
だから、心臓マッサージは人がなんども交代して継続していくのだ。
「次は自分がやります」
疲れきった医師に変わるべく、声をかける。台に乗って、1,2,3という合図とともに交代する。胸骨を圧迫する。一分に百回のペースで。
しかし、患者さんの体は大きく、そして若かった。
自分は小さく、未熟だった。そして馬鹿だった。
心臓マッサージが上手くいかない。何度も何度も自分が出せる力の限りで押し、引いた。ずっとずっと練習してきた方法で。
だけど、医師のように出来ない。
焦りがこみあげてきた。
・・・・・・と。
「いまいちだ」
汗を拭った医師がすぐに手を伸ばした。自分はさっと離れた。医師による心臓マッサージが再開される。熟練による完璧な心臓マッサージだ。
治療が続けられ、やがて心臓が再び動き始めた。次々と目の前で高度な医療が展開される。当然ながら、実習生に出来ることはない。
メモを取り出し、治療の様子を書きまくった。泣かないように我慢した。
出来るはずのことも出来なかった。そのときのことを、自分はいまだに後悔している。
その後、心臓マッサージの練習を一人で何度もしたけれど、結局完璧な心臓マッサージは習得できないまま一ヶ月の実習は終わってしまった。心臓マッサージは自分の大きな課題になった。
誰かの役に立ちたいから知識をつけた。けれど技術がそれに追いつかないほど、悔しく恥ずかしいことはないと思う。特に医療は、そんなことが許される場所ではない。
たまに自分は、このまま医療従事者になっていいのだろうかと疑問に思うことがある。驚くほど無力だと時折感じるからだ。
だけど引き返せないとも思う。引き返すには進みすぎた。
うん、予想以上に暗い気分になってしまった……。いかん、いかんね。
小説家になろうには医療を学ぶ学生が意外と多いと知ったので、「こんな後悔はしないようにね」という意味合いもあって書いてみたのですが……。
普通はこんな後悔なんてしないかぁ。
患者さんについてですが、その後にICUに入りました。コードブルーになった原因はかけませんが、いまだに名前を思い出して、元気になられたか心配になります。
自分にとっては、患者さんやその家族がより良い状態になれることが希望のような気がします。




